・楽器オモテ・ウラ話_3月号 |
第2章 素材(物体)とサウンド(振動)の関係
第1章に示したとおり、「音」というのは「振動」の事であり、この振動の仕方や、振動の伝わり方で音の性質が変わってきます。
ヘッドを叩く事で生じた振動は、ヘッドそのものを振るわせ直接発音し、シェル内の空気に伝わり増幅され、更にシェルに伝わりシェル表面から放射される事で広がりを持たせ、ボトムヘッドを振動させる事で響きを調節したりといったように、様々な形で伝播し音になっていきます。そして振動の速さが音程に、振動の大きさが音量に、振動の伝わり方が音質に影響を与える事になります。
楽器を形作る素材には、本当にたくさんの種類が使われており、それぞれの特性(性質)によりこの振動の伝わり方が違ってきます。逆の言い方をすれば、素材によってサウンドが変わる事が前提にある上で、色々な素材を用いた楽器があるわけです。
では、楽器を形作る素材やパーツによって振動の伝わり方にどのような変化が生じてくるのでしょう。素材の特性を表わす厚み、密度、重量などのキーワードについてそれぞれ考えてみましょう。 |
§1 素材の厚み
ある物体に振動を与えてみます。物体の厚みが薄ければ、容易に振動が伝わっていく事が想像できますね。逆に厚い場合、しっかりと初期振動を与えないと、物体を振動させる事は難しくなります。また、薄い物体に生じた振動は大きく、厚い物体では小刻みになります。
さらに、物体を充分に振動させたという条件の下においては、薄い物体の振動は持続性が乏しく、厚い物体では持続時間が長くなります(ここではあくまで物体の厚みについてだけを言っており、物体の密度、質量などの影響は考慮しておりません。実際には厚み以外の性質の影響で振動の状態も変わってきますのでもっと複雑になっていきます)。 |
●シェルが薄い楽器
皆さんも既に理解していると思いますが、シェルが薄い楽器は「良く鳴る」とか「鳴らしやすい」といわれております。これはヘッドを叩く事で生じた振動がシェルに伝わりやすく、シェル自体も振動しやすいためです。振動は大きな波となり、おおむねピッチは低く感じるはずです。また、サウンドは立ち上がりの早い、広がりを持ったふくよかで明るい感じとなります。
●シェルが厚い楽器
シェルが厚い楽器はどうしても鳴らしにくいですね。これはヘッドの振動が厚みのある素材に伝わりにくいからであって決して鳴らないわけではありません。逆に厚い素材を鳴らす事が出来れば薄いシェルでは選られない広がりが押さえられた芯のしっかりしたサウンドを出す事が出来ます。シェル振動は小刻みな物が目立ち、シェル固有のピッチは高く感じられます。
※ この素材の厚みとサウンドの関係はシンバルに当てはめれば誰でも簡単に体験する事が出来ます。 |
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薄いシンバルはピッチが低く、立ち上がりが早いですが減衰も早いですね。
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逆に厚いシンバルはピッチが高く、余韻が長くなります。 |
§2 素材の密度
素材の密度は、振動の伝播速度や持続性に大きな影響をもたらします。振動の伝播は気体よりも液体、液体よりも固体の方が早くなります。
これは伝播する物体の密度の影響です。素材の強さと言い換えても良いかもしれません。振動が与えられ、それが伝わっていく際に、その振動を充分支える事が出来ないと振動は吸収され、充分に伝わっていきません。
これはフトンなどの柔らかいものを叩いてもほとんど音が出ない事でおわかり頂けるでしょう。
密度の低い素材は、その素材中を伝播していく振動を邪魔する要素をたくさん含んでおり、振動の速度、振動の継続という面から見るとマイナスになります。 |
●密度の高い素材
振動の伝播速度が速くなる事から当然ピッチは高く感じられるはずです。しかも振動の持続時間が長いため、いわゆる「よく鳴る」という状態が得られやすいでしょう。
したがって、楽器としては立ち上がりの鋭い、硬質なサウンドで非常に広がりを持ったサウンドになることが予想されます。
●密度の低い素材
振動の伝播が遅くなり得られる振動数は少なく低音が強調されたものになり易いです。振動の減衰も起こりやすく振動の持続時間は短くなります。これらのことから、楽器としてはパンチのあるアタックが強調された太い感じのサウンドになることが予想されます。
※密度は、硬さ、または強さとおきかえることが可能です。ドラムシェルとしてはどんな素材を用いてるにせよ、楽器としての充分な強度を持っているはずなのでその差は微妙です。よくメイプルがどうの、バーチがどうのという話を聞くことがあると思いますが、これはこの素材密度の差によるサウンドの違いを言っているのです。でも、どちらの材を使ったシェルでも素晴らしいサウンドを奏でてくれることに違いはありません。概ね硬い素材からは硬い音、柔らかい素材からは柔らかい音が得られやすいです。 |
§3 素材の重量(質量)
物体の重さもサウンドにもたらす影響は大きいです。こんな話を聞いたことがある人も多いでしょう。
「楽器は重くないと、しっかりした重みのあるサウンドは出ないよなー。」
果たして、これは事実なんでしょうか?
私の経験上では事実です。では、素材の重さとサウンドにはいったいどのような関係があるのでしょう。
音が振動であることは繰り返し述べてきましたので概念としてはご理解いただけていると思います。この振動を分解していけば振動体の動きととして捉えることが出来ます(例えば前後、左右、上下に小刻みに動いているということ)。ここで考えていただきたいのが、物体の重さと動きやすさ(というか動かしやすさ)の関係です。当然、軽いほうが動かしやすいわけです。
という事は、軽い素材は振動数が多くなり、重たい素材は振動数が少なくなるわけです。ギターの弦は高音部に細い弦、低音部に太い弦を張っていることは誰でも知っていることですが、実はこの質量による基本周波数の違いを利用しているわけです。 |
●軽い素材の楽器
素材が軽いということは良く振動するということになります。したがって周波数も高くなりピッチが上がります。しかも振動自体が伝わりやすく結果として立ち上がりの鋭い一気に膨らんだサウンドが得られることになります。しかし膨らみすぎると指向性の感じられないぼやけた感じになってしまう恐れがあります。
●重い素材の楽器
重い楽器は振動が与えにくいことは容易に想像できます。周波数も低くなり低音域が強調されたサウンドになり易いことはおわかりいただけるでしょう。
しかし、演奏者にしっかりとした振動を与えられる技術があれば、非常に引き締まった音像のはっきりした太いサウンドが選られるわけです。この事実が冒頭の「楽器は重くないと、しっかりした重みのあるサウンドは出ないよなー。」という言葉につながるわけです。
※ 感覚的には軽い楽器からはオープンで明るめのサウンド、重い楽器からはタイトでヘビーなサウンドが得られやすくなります。 |
まとめ
楽器を形作る素材の性質がどのようにサウンドに影響を与えるかを色々考えてみましたがいかがでしたでしょうか。
音=振動であるということから、振動が伝わりやすく、その振動が持続しやすい材質が良い楽器の条件であるとすれば、「良い楽器=密度が高く(強く)、軽い材質を使った物」という事になります。
しかし、実際にはここで考えた様々な要素が複雑に絡み合ってひとつの音になっているので、これほど単純には説明つかないのが事実です(しかも、もっと考慮しなければならない要素もたくさんあるはずです)。
ひとつひとつの要素を取り出して考察してみたところで楽器サウンドが完璧に理解できるわけではありません。期待通りの結果が得られる要素や、同じような要素であるにも関わらず感覚的には相反する答えが出るものなど、単純に理論だけでは推し量れないものなのです。
しかし素材の特性を知ることで、ある程度出てくるサウンドが予想できるということはおわかりいただけたのではないでしょうか。
今回は説明しやすさということもありシェル材に関する記載が多くなってしまいましたが、次回はこのあたりのことを踏まえて、実際に楽器として組みあがった時に、振動の伝わる経路やシェル以外のパーツ(ヘッド、ラグ、フープ等)の影響でサウンドの傾向がどう変わっていくのかを、考えてみたいと思います。 |
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